大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和42年(ワ)9035号 判決

理由

一、請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二、原告は、本件公正証書は有限会社釜平の代表者でない原告が、その代表者として作成されたものであるから無効であると主張するけれども、有限会社釜平に関してはともかく、それが当然原告の部分についても無効となる必然性を有するものとはみられないので、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三、有限会社釜平の主債務が成立しないので、原告の保証債務も成立しないとの原告の主張について、

(一)  《証拠》によれば、昭和三九年一一月一三日有限会社釜平の代表取締役に就任した原告は、昭和四二年二月三日代表取締役を辞任し、同月六日その登記を了した事実が認められ、本件公正証書はその後の昭和四二年四月七日作成されたものであるから、当時原告は有限会社釜平の代表権を有しなかつたものというほかはない。

(二)  ところで《証拠》を総合すると次の事実が認められる。

(1)  訴外貝谷は、昭和三九年一一月当時、原告に対し金五七〇万円の債務があり、従来営んでいた建築鋳物製作事業の資金繰りに窮した結果、原告の信用を利用して営業を継続しようと考え、同年一一月一三日有限会式釜平を設立し、原告をその代表取締役に迎えた。原告は、自己の債権保全のためもあつて、有限会社釜平の資金繰りに協力し、八千代信用金庫、エムケー商会から有限会社釜平が資金の融通を受けた都度、その個人保証をしていた。しかし有限会社釜平の事業は取締役である貝谷が運営に当つていた。

(2)  貝谷は、昭和四一年三月一四日有限会社釜平の運営資金に充てるため被告から金二〇万円を借り受けることにしたが、被告から強制執行認諾条項を付した公正証書作成の委任状の提出を求められたので、被告から受領したその委任状用紙(甲第五号証)に神原富美に公正証書作成を委任する。昭和四一年三月一四日貸借金二〇万円債権者被告、債務者有限会社釜平連帯保証人原告、同貝谷と記入し、有限会社釜平代表取締役原告と記名(ゴム印)し、原告と貝谷の住所氏名も連記した上原告の承諾を得て有限会社釜平の代表者印及び原告の印の押捺を得、更に上欄に各一個の捨印をもらひ、これに原告と貝谷の印鑑証明(乙第四号証の一、二。原告は、乙第四号証の二は貝谷が勝手に作成したというけれども、成立に争いのない甲第六号証の印影及び筆蹟によつて真正に成立したことが認められる。)を添え、これによつて被告から金二〇万円を借り受けた。その後貝谷は、被告から継続的に有限会社釜平のために金融を受け、有限会社釜平が倒産した昭和四一年一二月一〇日当時には、合計金二一〇万円となつた。これを知つた被告は、貝谷に返済を求めたが履行しないので、貝谷から先に差入れてある公正証書作成の右委任状によつて金二一〇万円の公正証書作成の承諾を取りつけ、原告については貝谷を通じて承諾を得たものと考え、原告に対し直接確認をしないまま甲五号証の昭和四一年三月一四日貸借を昭和四二年二月一五日に貸借金二〇万円を金二一〇万円に、公正証書作成委任の日付昭和四一年三月一四日を昭和四二年四月六日に、それぞれ捨印を利用して訂正し、これを用いて本件公正証書を作成した。

右認定に反する《証拠》一部は採用できず、他に右認定を左右する証拠はない。

四、前叙の認定事実によれば、被告と有限会社釜平間の金銭消費貸借は、原告が有限会社釜平の代表取締役の地位にあつたときに締結され、しかも金二〇万円の限度で貝谷に代理権を付与したものであるから、他に特段の主張立証のない本件においては、金二〇万円の範囲で成立したものというべきである。従つて、有限会社釜平の主債務が金二〇万円である以上、これが連帯保証人たる原告の債務も又金二〇万円の限度で成立し、これを超える部分は成立しなかつたものというべきである。

五、原告は本件公正証書の作成に関与しないし、連帯保証した事実もないというけれども、前叙のとおり金二〇万円の限度で連帯保証し、その限度で本件公正証書作成を委任したものであるから、本件公正証書は右金二〇万円の部分については有効であるがこれを超える部分について無効のものである。

六、原告は、本件公正証書に基いてなした強制執行(債権差押転付命令)の取消を求めるけれども、右転付命令は既に確定した以上、これにより強制執行終了の効果が生じたものというべきであるから仮の処分としてその取消をする余地がないのでこれを付さない。

七、よつて原告の本件公正証書の執行の排除を求める本訴請求は右認定の限度において理由があるので正当として認容し、その余を棄却

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例